精神医療、脱施設化の起源
20世紀を通じて世界各国は、入院型の精神病院を中心としたものから外来設備を核とし地域に根ざした精神医療、すなわちコミュニティ・ケアへと、医療サービスの形態を変化させてきた。これは精神医療の脱施設化と呼ばれる現象であるが、英国では19世紀末から始まっていた。
1890年、イングランドでは狂気法と呼ばれる法律が成立した。この法律は、精神疾患を患っていない人々が強制的に精神病院へと監禁された事件を背景とし、患者の人権擁護を目指したものだった。
しかしイングランドの精神科医たちは、狂気法の非人道性や治療上の非効率性などを指摘して、この人道主義的な法律に一様に抵抗を示した。そして彼らは、精神疾患の予防と早期の治療を御旗とし、入院型の精神病院によらない新たな精神医療の形態、脱施設化された精神医療を提案していった。なぜ、精神科医たちは1890年狂気法に反対し、脱施設化された精神医療の必要性を訴えたのか。
本書は、この問いに答えるために、精神科医という専門職に注目し、その政治的言説、職階構造、診療実践、病院経営、他専門職との競争のありかたを検討する。そこからは、社会学者A・アボットが論じた、近代西洋社会に特徴的な専門職発展の歴史的様相が確認される。精神医療の脱施設化は、精神科医=専門職の政治経済的な戦略と社会的な諸関係なくしては現われることはなかった、歴史上の現象であった。(みすず書房サイト
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